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帰国。 [仕事と私]

海外青年協力隊では、2年間の任期の間は
日本に帰ることは原則としてできないことになっている。
その代わり、1年目が終わると「研修旅行」と称して
2週間以内で近隣の6ヶ国以内の国への旅行が認められ
(メキシコ、グアテマラ、ホンジュラスへ出掛けた)
任期終了後には3週間以内に帰国すればよいという条件付で
海外を転々と旅しながら帰国してよいことになっている。

2年の任期が終了して、セシリアさん家族や生徒に見送られながら
コスタリカの空港からチリの首都、サンチアゴへ。
何人かの生徒は涙を流していて、私も切ない気がしたのだけれども
機上の人になってしまうと、私の気持ちの中ではきちんと一区切り付いてよかった
という感じの方が強かった。きっと私は冷たい人間なのだ。

久々に大都市という印象のサンチアゴで一人の旅行モードに気持ちを切替え、
ブエノスアイレスへ移動して数日、毎晩濃厚なステーキや血のソーセージと赤ワイン。
どれも冗談のように安くて旨いのだ。
一度サンチアゴに戻ってから、転々と南北に長いチリを南下して
マゼラン海峡に面した町、プンタ・アレーナスへたどり着く。

静かな街だった。パタゴニアを目指すバックパッカー達や、南極ツアーに出掛ける観光客もいるが
街の印象はひどく穏やかだ。
ひたすら風が強く、蟹が旨い。だいたい何処でも茹でてほぐした蟹の身が刻んだレタスの山の上に載っていてマヨネーズをかけて出てくる。料理と言うほどのものではないけれども、素朴で旨いのだ。
この街で新年を迎えた。
街の広場に高い時計塔があり、南米最南端の大晦日は年越しの瞬間も空がぼんやりと
明るかった。新年になった瞬間、何処からともなく消防車が数台派手にサイレンを鳴らしながら
走ってきて、私のいる広場を一周して、その大音響を響かせながら走り去っていった。
ふとみると、ベンチの隣に小さな女の子がいて、すこしアルコールが回ってとろんとした私に向かって
例の中国人を侮蔑するポーズ(=指で目じりを外へ引っ張って、切れ長の目を真似る)をしている。
悪気は無かったのかもしれない。ただアジア人だ、と思っただけかもしれない。
でも、なんとなくその時に「そろそろ帰る潮時なんだな」と思ったのだ。2年間が終わったのだ。

帰国する飛行機の隣に座ったアメリカ人は、仕事で東京に住んでいると言う。
成田に向かって降下し始めた機内で、彼が私に話しかける。
「帰ってきたというより、また別の外国へ来てしまった気がするのではないですか?」

全くそのとおりで、2年ぶりの日本の風景はひどく違和感のあるものに思えた。
空港から、電車へ。この人の多さは何だろう!
ラッシュの山手線を見た瞬間に「この光景を中米の人が見たら火をつけられるんじゃないか」と。
何処を見てもアジア人大集合ではないか。訳も無くハラハラした。

日本政府が勝手に積立てておいてくれたお金のおかげで、しばらくは何もしなくてもよかった。
仕事をしよう、という意欲自体がなかなか湧いてこない。
私はまずイタリア製のスクーターを衝動買いし、放置しておいたアプリリアのオフロードバイクを復活させて、それに跨って合宿免許で向こうにいる間に興味を持った自動車の免許を取った。

初めて買った車は、ぼろぼろの1982型プジョー504ディーゼル。
いざ車を買おうと思い立つと、何処に行けばいいかもわからず
昔からよく読んでいた「NAVI」の編集部に電話をかけて自分の好みを話すと
編集者の人が親切に「おんぼろのプジョーが20万円で売ってましたよ」と教えてくれたのだ。
シトロエンなどマイナーな車が並ぶ町工場風の店の主人は、このまんまでいいなら15万でもいい
と気前がよかった。昔雑誌で「世界一の乗り心地」といわれてたのはこのことか、と感激したが
オイルダンパーが抜けきっていて、遊覧船のようだった。見た目はベージュの鉄くず。
出掛けて人と会う時には、ダンボールに「故障中-すぐ引き取りに来ます」という紙を常備して
ダッシュボードにそれを掲げて、お茶を飲んだり映画を見たりした。
天気がよければ何処かへ目的無く出掛けて、雨の日は本を読んで過ごした。

仕事をしなければ、という気持ちが湧いてきたのは、預金がこのままではなくなることに気がついたときだった。もう春になっていたけれども、不思議とあわてる感じはなかった。


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barbie

たった10日間そこらの旅行でも、成田に着くとどっと疲れが出ます。それは旅の疲れと言うより、他人とぶつかっても知らん顔、無表情に黙々と歩く人に対しての疲れかも知れません。帰国後しばらくするといつの間にか自分もその一員になっているのですが・・・プンタ・アレーナスの写真とか・・・画像も楽しみにしてるので(^.^)
by barbie (2005-03-14 11:49) 

harry

そうですね。この時は風景に慣れるのに半月くらいかかりました。
外に出るのがちょっと怖くなってしまって。
よく言われることですけど、外に出てわかることって本当にたくさんありますね。
by harry (2005-03-15 11:58) 

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